どこか含みのある夏飛の物言いに、妙な間が流れた。焔幽も香蘭も唇を真一文字に結んでいる。沈黙を破ったのは焔幽だ。
「白々しいぞ、夏飛」
「いやまぁ、でもただの勘で証拠はないですし」
 三人とも同じことを考えている。ふぅと息を吐いて、香蘭は周囲には聞こえない小声で言った。
「妃嬪候補にとって、今日は重要なハレの日です。衣装のチェックは念入りに行っているはず。急に破ける不運が起きる可能性はいかほどでしょうか?」

 何者かによる嫌がらせ。残念だが後宮とはそういう場所だ。衣装に細工する程度ならかわいいもので、歴史を紐解けば暗殺だの虐殺だの、もっと血なまぐさい話はいくらでも出てくる。
 香蘭は焔幽を一瞥する。
「犯人捜しをしますか?」
 女たちの諍いにどこまで首を突っ込むかは皇帝によってさまざまだ。ちなみに蘭朱の夫であった伯階帝は見て見ぬふりを徹底して貫いていた。
「瑠璃妃がそれを望むのなら」
 焔幽は正論を返したが、そこで言葉を止め大きく肩を落とした。
「と思ったが、もう勝手に始めているようだな」
 彼の視線は別の卓を見ている。有力妃嬪たちの集まる卓だ。焔幽が席を立ち、そちらに足を向けたので護衛役でもある夏飛と香蘭もそれにならった。

 そこはもう修羅場の様相を呈していた。
 琥珀妃、甘月麗が立ちあがり、甲高い声をあげている。
「どうして私が疑われなくちゃならないのよ?」