香蘭は顔をあげる。が、視線の先にはあまりに多くの人がいた。有力妃嬪たちの姿もちらほら見える。青碧の衣をまとった明琳、数多の女官を引き連れている月麗。
 毒の贈り主が誰なのかは……さっぱりわからない。

「こ、蘭楊~!」
 人だかりの奥から懐かしい声が聞こえてきた。雪寧だ。白一色の衣装に鮮やかな紅い帯。特別に高価な衣ではないが、雪寧にぴったりなのでとびきり上等に見える。
『衣は白。帯はハッとするほど鮮やかな色。この選び方なら失敗しません。雪寧さまの魅力をグンと引き立てること間違いないです』
 雪紗宮を去る際、香蘭は彼女にそんなアドバイスをした。『香蘭がいてくれないと、衣装や髪型をどうしたらいいのか困ってしまうわ』と雪寧が泣きついてきたからだ。
 どうやら実践してくれたようだ。かつての主の優しさが心に染みて、香蘭は頬を緩めた。

「雪寧さま!」
 香蘭の両手を握って、雪寧は愛らしい笑みを浮かべる。それから周囲に聞こえぬように声をひそめて言った。
「なんだか久しぶりだわ。雪紗宮にもたまには遊びに来てちょうだいね」
「はい、ありがとうございます」
 そう答えたが、雪紗宮を訪れる機会はなかなか得られないだろう。香蘭の仕事は妃嬪選びなので、皇帝の妹である雪寧を調査する必要はないし……もと同僚とあまり頻繁に接触していると正体がバレてしまうのではという懸念もある。