三人のうち、まずは瑪瑙宮に向かった。とくに理由はない。しいていうなれば、香蘭がもっとも興味深いと感じたるのが瑪瑙妃、柴美芳(さいみほう)だからだ。
 彼女の宮は本人と同じく、ひっそりと静かに佇んでいた。女官たちも無口でおとなしい。ワイワイとにぎやかな雪紗宮とは全然違う。

 門の前からコソコソとなかの様子をうかがっていた香蘭の背に「なにか?」という冷ややかな声がかかった。香蘭はびくりと背を震わせ、振り返る。
 人形めいた無表情の女がそこにいた。黒い髪に黒い衣で非常に地味だが、彼女が美芳本人だ。
(気配がまったくありませんでしたわ。間者の才がおありかも!)
 香蘭がおかしなところで感心している間も彼女の表情はピクリとも動かない。
(陛下以上に表情筋が仕事をしませんわね)

「も、申し訳ありません。コソコソと。実は陛下からの差し入れをお持ちしたのですが……」
 香蘭は用意していた菓子の入った籠を彼女に差し出す。妃嬪候補たちと接触するために焔幽の名を利用する許可はきちんと得ている。
「別に」
 顔立ちそのものはわりに子どもっぽいのに、美芳の声は意外なほどに低く渋い。童女にも老女にも見えるような、そんな得体の知れなさが彼女にはあった。
(まぁ、この私に言われたくはないでしょうが)
 香蘭も身体は十八歳だが、内面は蘭朱だったときの三十年ぶんが加算されるので立派に中高年だ。