(それに可憐で愛らしいのは見た目だけで、中身は野心家ですし。翡翠妃と真っ向勝負しようと考えているのはおそらく彼女だけ)
 月麗は己の飽くなき上昇志向を別に隠していない。『どんな手を使ってでも皇后の座を手に入れる!』と鼻息荒く女官たちに宣言しているくらいなので『可憐で愛らしい姫』などと寝ぼけたことを思っているのは秀由くらいなものだろう。
 もっとも香蘭は野心家な人間を嫌ってはいない。皇后という重責を担うのだから、心が弱いよりは強いほうがずっといい。
(懸念は強すぎる野心に自滅しないかという点でしょうか)
 野心をうまく飼い慣らし、利用するのは難しい。多くの人間がコントロールできず破滅する。

「ふたりより一段さがって、瑠璃(るり)妃、玻璃(はり)妃。そして瑪瑙(めのう)妃でしょうかね」
「やはり、そうなりますか」
 香蘭はうなずきながら最後のひとつこそは自分が……と桃饅頭に手を伸ばしたが、一寸早く秀由に奪われてしまった。単純で浅慮で、食い意地の張った爺さまだ。

 翌日。香蘭は焔幽のそば仕えを夏飛に任せ、ひとりで千華宮を散歩していた。といっても、さぼっているわけではない。
『瑠璃妃、玻璃妃。そして瑪瑙妃』
 昨日の秀由の声が耳に蘇る。
 皇后争いから、明琳と月麗は頭ひとつ抜けている。そこに食いさがれそうなのが、この三人なのだ。
(百聞は一見にしかずといいますしね。この目でチェックしてみましょう)