一 千年寵姫、モグラに生まれ変わる


 伝説の寵姫であった貴蘭珠の死から七十年の歳月が流れた。
 瑞国後宮千華宮は当時と変わらぬ佇まいで、今もここにあった。

「本当に、あの頃とちっとも変わらない」
 皇帝の住まう正宮『朱雀宮(すざくぐう)』、そして地位の高い妃嬪たちの宮。それらをキョロキョロと見渡してつぶやく彼女は、名を胡香蘭(ここうらん)という。年は十八。名前ばかりは艶やかで立派だが田舎の下級貴族の娘で、ここへ送られたのも口減らしが目的だ。妃嬪に仕える女官のなかでも位は低く、皇帝のお手がつく可能性は万にひとつもないだろう。
「ということは、我が瑞はすっかり落ち目になってしまったのねぇ」
 七十年前は最先端の意匠を凝らした美しい王宮だったのだ。しかし、今もそのままとなると、古くさく野暮ったく感じてしまう。
(このまままた数百年と時を重ねれば、趣も出ていいのでしょうけどね)
 瑞の名誉のために擁護すれば、この国は今も東大陸に強い影響力を持つ大国だ。ただし一強の雄だった時代は終わってしまった。瑞に追いつけ、追い越せの国がいくつも勃興しており、今やそれらの国々からは目障りな老頭児(ロートル)扱いされている。

「こら、新入り! なにをぼうっとしているの。あっちも洗濯してしまってよ」
「あら、これは失礼しました。すぐに取りかかります!」
 香蘭を叱責するのは同じ職場の先輩女官、詩清(しせい)。あまり目立つ特徴のないおとなしそうな外見に反して、性格はなかなかに辛辣である。
 彼女の言葉どおり香蘭は、ひと月前にここに入ったばかりの新米だ。彼女たちが仕えているのは妃嬪ではなく、皇帝の妹君である公主(こうしゅ)雪寧(せつねい)