ケラケラと笑う香蘭に焔幽は「ぐっ」と言葉を詰まらせた。
「まぁ、無礼は許す。お前が無礼な人間であることは最初からわかっていた。だが、側近をやめるのは認めないぞ」
 焔幽はそこでふっと口元を緩めた。
「別に千華宮中の女がお前に惚れても、俺はいっこうに構わない。皇后の条件、最初に伝えただろう?」
 天真爛漫だった香蘭の顔が賢者のそれに変わる。すべてを見通すような冷めきった目で彼女は焔幽を見据えた。
「陛下を決して愛さない、けれど愛するふりは完璧にできる女性。それが条件でしたね」
「そうだ。……女の愛は求めていない」
 冷ややかに焔幽は吐き捨てる。

 香蘭には最初にこの条件を伝えた。なぜ?と聞き返されることを想定していたが、彼女はただ『御意』と答えた。興味がないわけではなく、聞かずとも理由はわかっているという顔をしていた。
 この半月で焔幽は確信した。香蘭と自分は同種の人間だ。
 香蘭はにこりと笑う。
「陛下のご希望はわかりますが、妃嬪選びはそう簡単ではない。やはり家柄や権力バランスなども考慮しなくてはならないでしょう。後ろ盾のない妃嬪は本人が苦しみます。私はそんな女性を見たくはありません」
 香蘭は優しい。とくに弱いものには無条件で手を差し伸べる。
(愛など信じていないくせに、おかしなやつだ)