まだ年若いはずなのに、彼女の瞳には老齢の賢者を思わせる落ち着きと威厳がある。底の知れない女だ。夏飛は動物的な嗅覚の鋭い人間だから本能で彼女を恐れるのかもしれない。
「私はやはりこの職を辞すべきではないかと思っております」
 焔幽は軽く目を瞬く。
「俺の側近という任務は不満か?」
「いえ。白状するとこの生活は性に合っていて非常に楽しいです。女官より自由に出歩けるし、懐いてくれる女の子たちもかわいいですし」
 彼女はホクホク顔で言った。どうやら満喫しているようだ。

「ではなぜ?」
 えらく深刻そうに、香蘭は眉をひそめる。
「ですが……このままでは千華宮は私の後宮になってしまいます。たった半月で、もう誰も彼もが私の虜になっておりますでしょう?」
 心から心配しているのだというそぶりで、香蘭は頬に手を当て首をかしげた。
「陛下はほら! 顔貌は優れておりますけど、女性の心の機微に疎くていらっしゃるので……この私がライバルとなると、それはもう厳しい闘いが予想されてしまうかと思います」
 ようするに、焔幽より自分のほうがモテてしまうと香蘭は言いたいようだ。焔幽の額に青筋が浮く。

「お前な……俺を誰だと心得ている?」
「瑞国皇帝、焔幽さまですね」
「わかっているのなら、言葉と態度にもう少し気をつけろ。モグラの分際で」
「あら。陛下が遠慮せずに……とおっしゃったのではないですか」