「生物的な男性要素は宦官より少ないはずなのだが?」
 思わずぼやいた焔幽の後ろから「ぷっ」と噴き出す声が聞こえる。後方を護衛している夏飛だろう。蘭楊の正体を知るのは、焔幽以外では雪寧とこの夏飛だけだ。
 振り返り、ギロリと彼をにらむ。しかし夏飛はものともしない。
「いやぁ、大人気ですね。陛下の側近としてあいさつをしたときは『田舎くさい』『野暮ったい』とあちこちから大不評だったのに。蘭楊さんはいったい、どんな妖術(ようじゅつ)を使ったんでしょうか」

 妖術……たしかにそうとしか考えられないほど、周囲は香蘭への評価をころりと変えた。焔幽は女官たちに笑顔で手を振る香蘭を見て、皮肉げに肩頬をゆがませた。
「あれは天性の人たらしだな」
 一度でもあいさつをすれば、次からは必ず名前を呼びかける。故郷のこと、家族のこと、どんな仕事をして、なにに不満を抱いているか。香蘭はそれらを瞬時に頭に叩き込み、相手が聞いてほしい話題を的確に振る。

「おや、今日は髪をおろしているんですね? 昨日のまとめ髪もよく似合っていたけれど、今日の髪型はより素敵です」
「えぇ、昨日はお話したりはしなかったでしょう? どうして?」
 香蘭に声をかけられた女官は驚きに目を丸くする。
「朝、大変な外仕事をひとりで懸命にがんばっていましたよね。汗を流す姿が本当に美しかったので脳裏に刻まれました」