「雪寧に怒られたのは、今回が初めてだな」
 焔幽は弱ったように眉尻をさげた。

『誰かに奪われぬよう香蘭を大事にしろ。そうおっしゃったのは陛下ですのに……。ご自分が私から奪ってしまうなんてひどいですわ』
 愛らしく頬を膨らませる彼女の姿を香蘭も見ていた。
「すぐに雪寧さまのもとに戻るので心配はいりません」
 香蘭はきっぱりと宣言する。焔幽の気に入る皇后と三貴人を選ぶ。そう難しい任務ではないはずだ。なぜなら、皇帝としての彼の思考回路は蘭朱とよく似ているから。

「期待している」
 ククッと頬を緩めて焔幽は笑う。香蘭はその様子を見て思わずつぶやいた。
「宮中のうわさは本当に当てにならないものですね。陛下は仮面をかぶっているかのように表情を変えないと聞いていましたが……あなたは存外によく笑うし、よく怒る」
 彼につられたように香蘭の顔もほころぶ。
「あぁ、これはお前といるときだけだ。お前は本当におもしろい」
 権力と美貌を兼ね備えた男に甘い台詞を吐かれているというのに、香蘭は幽鬼でも前にしたかのように顔をしかめる。
「……何度も申しあげていますが、私に恋をすることだけはお避けくださいませ。御身の破滅を招きますから」
「こちらも何度も申しておる。モグラがそう自惚れるなと」

 いつもの応酬を、香蘭はいつもの台詞で締める。
「私は魔性のモグラなのですよ」