彼が女に興味を示せないのは男色家だからではなく、理想が高すぎるからなのかもしれない。貴蘭朱を基準にしていては、永遠に女に恋などできぬだろう。
(死後七十年を経ても、私はいまだに誰かの人生を狂わせているのですね。あぁ、罪深いですわ)

「なんだ? 日光に苦しむモグラのマネか。だとしたらうまいな」
 中身が憧れの女人とは知らぬ焔幽は平然と無礼な発言をするが香蘭は気にも留めない。彼が失礼なことにはもう慣れた。
「まぁ、蘭の字が女人のものと決まったわけではないですしね。私、蘭楊の功績により七十年後には瑞国中の男児が蘭の字をつけられている可能性もおおいにありますし」
「……モグラの分際で。どこからくるんだ、その自信は?」
 焔幽のほうは、香蘭のナルシストぶりにいまだ慣れてはいないようで、すっかりお決まりになったツッコミを今日も飽きずに投げてくる。

「私が私を信じる。ごくごく当たり前のことでございます」
 けろりと言い切る香蘭に焔幽はもうなにも言い返さない。
 香蘭は恭しく頭を垂れる。
「かしこまりました、陛下。必ずご期待に応えてみせましょう」
 こうなった以上は与えられた任務を素早く、完璧に遂行する覚悟だった。焔幽は香蘭を生涯拘束するつもりはないと言った。皇后と三貴人の選択という任務を終えれば公主づきの女官、香蘭に戻してくれる約束になっている。雪寧もその条件で香蘭を貸すことを了承したのだ。