香蘭も鏡に映る自分の姿を確認する。よく焼けた肌も、凛々しい眉も、逞しい肩回りも、男の格好をするとちょうどよい具合にしっくりくる。宦官は男性的特徴が薄れ、女性に近づいていくものだ。具体的にいえば、髭が薄くなったり声が高くなったりする。
 女性としては非常に男性らしい身体的特徴を持つ香蘭は十分に宦官らしかった。

「これなら誰も疑わないだろう。では、心して任務に励めよ。蘭楊(らんよう)
 それは焔幽が適当につけた香蘭の兄の名だ。ここではその名で通すことになる。
「しかし、男性の名に蘭の字はおかしいのでは?」
 男の格好をしているせいか、香蘭の声と口調はいつもよりずっと凛々しい。無意識下でも有能なのが香蘭という人間だ。

 この国で『蘭』は女児の名前の定番だ。もはや説明不要だろうが、伝説の寵姫、貴蘭朱にあやかって誰もかれもが娘に蘭の字を与えるようになったのだ。
「あぁ、お前の香蘭の名は貴蘭朱にあやかっているのだろう?」
 香蘭には答えられない。そうかもしれないし、あの両親ならそこまで考えずよくある名前をつけただけの可能性もある。彼らから蘭朱の名など一度も聞いたことはないから後者が正解のような気がする。

 焔幽はこれまで見せたことのない、甘やかな微笑を浮かべた。
「せっかく千年寵姫から一字いただいているのだ。大事にしろ」
(なるほど。陛下は私、いえ貴蘭朱の熱心なファンなのですね)