「そこらの宦官よりよほど逞しい。お前が宦官の格好をしても誰も疑わないぞ」
 一拍置いて、香蘭は彼の言いたいことを理解した。なにせ二度目の人生だ。そう簡単に動揺して叫んだりすることはない。
「つまり、私に宦官のふりをせよとおっしゃっているのでしょうか」
「そのとおりだ。理解が早くて助かる」

 香蘭はむっつりと黙り込んで考える。
(宦官……優秀な私が宦官などすればバリバリ出世して政の中枢に立つことになるに決まっていますでしょう? それは平凡で穏やかな日々と縁遠くなることを意味するのでは?)
 政などもうこりごりだ。香蘭はやんわりお断りしようと口を開きかけたが、焔幽に先制攻撃を仕掛けられた。
「千華宮で働く女人はすべて俺に仕えている。それを……忘れてはいないよな」
 つまり依頼ではなく命令だと主張する気なのだろう。
「建前上はそうですが、実質的な主は雪寧さまです。彼女の意向を無視するわけにはいきません」
 香蘭はけろりと返したが、ここは焔幽が上手だった。
「うむ、そのとおりだ。では雪寧に許可を願い出よう。お前は彼女の命なら逆らわない。そういうことだな?」
 しまったと思ったがもう遅い。香蘭は雪寧のお気に入りだが、彼女はこの兄を心から敬愛している様子。彼の頼みを断るはずがないではないか。