完璧であろうとすればするほど、人間ではない化けものじみた存在になっていく。むなしさに胸がつぶれそうになることもあった。
(私は今世で『香蘭』という器を得て、解放されました)
 香蘭は心から現世を謳歌している。目の前の男はどうだろうか?
 ふと視線をこちらに向けた焔幽に、疲れきった女の顔が重なった。死の間際の蘭朱の姿だ。

「先日、雪寧の宮でお前が女官たちを仕切っているのを見た。物事をよく見て、冷静な判断ができる女だと評価した」
「陛下……」
「胡香蘭。俺に力を貸してくれないだろうか」
 真摯な顔つきで彼は香蘭の両手を握る。瞳の奥が蒼く輝く。この美しい光もいつかはにごり、消えてしまうのだろうか。そのさまはできれば見たくないと感じた。
 香蘭は彼に同情し、少しだけ手を差し伸べてやりたくなった。だが、簡単に御意とも言えない。
「協力して差しあげたいのはやまやまなのですが、側近は無理でございましょう。私は女です。朱雀宮に常駐することはできません」
 皇帝の側近は宦官が務める決まりだ。女官の仕事は妃嬪に仕えること。例外はない。

「だからこそ香蘭、お前に頼んだのだ」
「はぁ?」
 焔幽の瞳がいたずらに細められる。
「女にしては上背もある。この肩も腰も」
 肌には触れぬという約束をあっさり違えて、彼は香蘭の身体をペタペタと触る。