「ですが、顔貌の美しさなんて曖昧なものです。時代や支配者が変われば簡単にひっくり返ること。明日、この瑞国が他国に侵略され新しい王が誕生したとしましょう。その者がモグラ似の私を『美女』だと言えば明日から私は国一番の美女になります。国中の女たちがモグラに似せようと化粧をがんばるでしょうね」
 現王を前にしているとは思えぬ発言をしたが、焔幽は気にも留めなかった。むしろ「モグラに似ていることは自覚していたのか」と妙なところで感心している。

「誰をも虜にする美は、魂に宿るものです。たとえボロに身を包んでも私の美はあらゆる人を惑わせてしまう。あぁ、なんて罪深いのでしょう」
 香蘭は天に向かって救いを求めるように片手を伸ばす。
 陶酔するモグラ。大笑いが起きそうなおかしな絵面なのだが、焔幽の瞳は魅入られたように香蘭から動かない。彼女はそれを認識したうえで蠱惑的な笑みを彼に向ける。

 胡香蘭は決して美女じゃない。だがそのほほ笑みは間違いなく美女のそれなのだ。
 焔幽はぶるりと背中を震わせ、それからハッと我に返った。
「わかっていただけましたか? 陛下がよき皇帝であり続けたいのなら、私には触れないほうがいいのです」
 もったいぶった間を開けてから、焔幽はこれ以上ないほど楽しげに目を細めた。
「なるほど。その助言、しかと受け止めた」
「ありがとうございます。では、私はこれで」