「あぁ。蘭珠。私の宝石、私の最愛の……」
(そうね。この方はわたくしを愛することだけに人生を費やしてしまったのよね。わたくしが美しく、聡明で、才気にあふれ、床上手だから! まさに傾国の美姫、罪深いですわ)
 そういう女性は得てして悲運な道を歩むものだ。自分がこうなるのは自明の理。蘭珠は自らの死を受け入れる覚悟を決めそっと目を閉じた。みながハッと息をのみ、言葉にならない嗚咽を漏らす。空気の読めない皇帝だけが運命にあらがおうと声をあげた。

「大丈夫だ。この水晶はどんな願いをも叶える力がある。さぁ、この玉に生きたいと願うのだ」
(そんな! 最期の瞬間にこんな安っぽいガラス玉を抱えて死ぬなんて嫌だわ。もっと、わたくしに似合いそうな可憐な一輪の花とか持ってきてもらえないかしら)
 瞳を閉じたまま蘭珠は悪態をついた。
「さぁさぁ、願え」
 最期の願いなのにもかかわらず夫は察してくれないようだ。彼はこの水晶玉が本物で、蘭珠の病がたちまち消えていくものと信じて疑っていないような顔を見せている。

「あぁ、陛下と皇后さまの愛のなんと美しいことでしょう」
 女官たちがうっとりとしたため息を漏らす。場の空気に押され蘭珠は力を振り絞って、渋々言葉を紡いだ。
「かしこまり……ました。祈り、ますわ。わたくしの願いを」
 ツルツルした水晶玉を撫で、心のなかでつぶやく。