幼い頃から少しずつ毒を摂取し、体液に毒を含ませる。そして成長したらその身体を使って敵を始末する毒姫。物語なのか実話なのか、そこは不明だ。もし現実にそんなことが可能ならば、よい手ではあるかもしれない。が、少なくとも香蘭はためしたことがない。

 フルフルと首を横に振る。
「そんなことはございませんが」
「では、なにゆえだ?」
 氷の瞳がかすかに輝く。どうやらおもしろがっているようだ。
(あぁ、やはり)
 香蘭は落胆する。どうあがいても、自分は男性を魅了してしまうのだと絶望にも似た思いを抱く。至って真剣な表情で、香蘭はグッと声をひそめた。
「そうですね。ある意味で私の肌は毒なのです。一度覚えてしまうと、ほかのものは目に入らなくなってしまうのですよ」

 前世の夫もそうだった。彼は蘭朱が妻になりさえしなければ、まぁまぁの賢帝になれたように思うのだ。魔性の女に出会ってしまったことは彼にとって幸運だったのか、悲運だったのか……聡い香蘭にも解けぬ永遠の謎だ。

「それはなにかの暗喩などではなく……言葉どおりの意味か? つまり俺が一度でもお前を抱けば、お前しか目に入らなくなると?」
 焔幽の眉間のシワが深くなる。彼は確かめるように一語一語、ゆっくりと発声した。
 香蘭はにっこりとほほ笑む。
「さすが陛下。理解が早くていらっしゃいますね。そのとおりでございます」