ただ、香蘭は彼の容姿になど興味がない。美しいものなど、前世の自分自身でとっくに見飽きてしまったからだ。
 風景を見る目となんら変わらぬ様子で自分を見ている香蘭に、焔幽は大きくうなずいた。
「やはり、いい人選だったようだ」
 香蘭はふぅとひとつ息を吐くと、彼に語りかけた。
「陛下。陛下の人を見る目はまことに確かだと思います」
(これだけの女人があふれる千華宮で私を見つけ出したこと、それは称賛に値することですわ。でも……)

 香蘭はキッと彼をにらむ。焔幽は自分と目を合わせてもまったくひるまない香蘭の度胸にやや驚いたが、彼女は焔幽の心境に変化になど頓着していない。
「これはあくまでも善意なのです。陛下の治世が末永く続くこと、朱雀の加護を失わぬよう申しあげることで」
 婉曲に拒絶を伝えようとする香蘭の言葉を焔幽はばさりと遮る。
「ややこしいものは嫌いだと言ったろ。無意味な装飾はいらぬから普通に話せばよい」

 優雅な外見に似合わずせっかちな男だ。香蘭は腹をくくり、きっぱりと言った。
「では正直にお伝えします。私の肌には触れるのはおやめくださいませ。それが陛下のためでございます」
 焔幽は意外なことを聞いたという顔で目をパチパチとさせる。
「お前は体内に毒でも巡らせているのか?」
「毒姫ですか。南方の伝承にそんな話がありましたね」