隣室に控えている側近はいるのだろうが、ここには焔幽ただひとりしかいなかった。
「雪寧さまづきの女官、香蘭と申します」
 彼は香蘭を一瞥するとヒラヒラと片手を振る。
「面倒な作法は気にせずともよい。楽にして話を聞け」

 こういう言葉は建前として言う人間と本気で言う人間とがいる。彼は後者だと香蘭は判断した。ややこしく回りくどい礼儀作法。そういう時間の無駄を嫌っているのだろう。
「はい、では」
 香蘭はさっそく楽な姿勢を取って、堂々と彼の顔を見た。

「察しのいい人間は嫌いじゃない」
 焔幽はニヤリと笑む。
 近くで見るとめったにいない美形であることがよくわかる。後ろで無造作にくくられた黒髪は艶やかで絹糸のよう。眉と鼻筋はすっきりと涼しげで品がよい。なにより瞳が印象的だ。穏やかな湖面のように静かなのに、うちに強い光を秘めている。
 優美な顔つきに似合わず、体格は案外と男らしい。すらりと背が高く、無駄なく引き締まった肉体は日々の鍛錬の賜物だろう。
 美麗さと力強さ、相反するはずのそのふたつを彼は完璧なバランスで兼ね備えていた。もちろん、ただ造形がいいというだけではない。皇帝という至高の地位と権力、それらを飼い慣らせるだけの実力と自信。そこから発せられるオーラが彼をより神々しい存在に仕立てていた。