瑞国での閨は皇帝が妃の宮に〝渡る〟のが作法とされている。そのため、一度でも寵を得た女には宮が与えられるのだ。皇帝の居室、(まつりごと)の場としても重要な朱雀宮へは贔屓の(きさき)であってもなかなか足を踏み入れることはできない。それが可能なのは、国の母たる皇太后とただひとりの特別である皇后のみ。

 にもかかわらず焔幽は今宵、香蘭を朱雀宮に呼び寄せた。破格の特別待遇といえるだろう。秀由の首がもげる理由もわからぬではない。あれこれ思案したすえに、秀由はなにかの手違いがあったのだろういう結論に達したらしい。気遣う声音で香蘭の肩を叩く。

「陛下のお手がつかなくとも、落ち込む必要はないですぞ。たとえ手違いでも、呼ばれたという時点であなたさまには宮が与えられます。宮につける名は……ちょっとぴったりくる宝石がすぐには思いつきませぬが、この秀由が考えておきましょう」
 閨の管理、つまり妃嬪たちの序列の管理も秀由たちの役目だ。彼はなにかの間違いで呼ばれ、これから赤っ恥をかくことになるであろう地味な女官にすっかり同情していた。
「気を強く持つのです。多少の恥くらいで、一生の安泰が手に入る。あなたさまは実に幸運です!」
 そんなふうに励まされ、香蘭は焔幽の待つ彼の室に入った。入口から一歩も進まず、頭をさげて彼の声を待つ。それが作法だからだ。

「面をあげよ」
 作法にのっとって、香蘭は顔をあげてあいさつをした。