我が身に降りかかった不運に、香蘭は衣の袖口をかむ。その様子を見た案内役の秀由が、不思議そうに首をひねった。彼は夏飛が『爺』と呼ぶ、皇帝の閨管理の責任者だ。焔幽が即位して早半年、ようやっと彼が閨の任務――そう、皇帝にとってそれは任務。なんならほかのどんな仕事より重要な使命だ――に取り組む気になってくれた。それ自体は喜ばしいことなのだが。

「なにか?」
 自分を凝視して、幾度も目を瞬く秀由に香蘭は尋ねた。彼は白いものが交ざった長い髭を撫で困惑げな声を出す。
「もう一度だけ確認しますが、本当にあなたさまが雪寧公主づきの女官、香蘭さまなんでしょうか? 実は同名の者がいるなんてことは?」
「雪寧さまづきの女官で香蘭という名を持つのは私だけですわ。雪寧さまの宮の女官はそう多くありませんし、間違いはありません」
 実母の強い、公主春麗の宮には数多の女官が仕えており同名の者もいるやもしれないが、雪寧の宮でそれはない。

 秀由はますます首をかしげる。もはや首がもげてしまいそうだ。
「お渡りではなく、朱雀宮に入ることを許す。それほどの待遇を、この彼女に?」
 本人はひとり言のつもりだろうが、静かな夜だ。香蘭の耳にもはっきりと届いている。