香蘭はとにかく職務には忠実だった。前世は完璧な皇后、今世は完璧な下級女官、仕事は不備なく完遂せねば気が済まない質なのだ。

 千華宮に夜の(とばり)がおりた。(ふくろう)の鳴き声が遠くに聞こえる。
 翡翠色の屋根に朱色の柱。皇帝のための宮である朱雀宮も星明かりのもとにひっそりと佇んでおり、人々がにぎやかに行き交う昼間とはまったく別の場所のようだ。
 夜の主役である幽鬼を祓うとされる白檀(びゃくだん)の香が焚かれ、まったりとした甘さが宮全体を覆う。等間隔に燭台(しょくだい)の置かれた石畳の回廊を香蘭はしずしずと歩いていた。

 洗っても落ちない泥汚れのついた服ではあんまりだろうと雪寧が衣を貸してくれたが、体型も似合う色も彼女と香蘭とでは真逆なので、いかにも借りもの感が出てしまい残念な状態だった。もっとも香蘭ならばサッと繕い直したり、アレンジを加えて自分に合うようにすることはできたのだが、あえてしなかった。
(平和な日々を守るため、今夜のミッションは陛下に嫌われることですからね)

 だが、そのミッションの困難具合に香蘭は大きく肩を落としてしまう。
(あぁ、言葉にするとあらためて無謀なチャレンジだということがわかってしまうわね。この世に、いいえ、たとえあの世でも私を嫌う殿方など存在するはずがありませんもの)