「ううん。都から遠く離れた田舎の、聞いたことのない下級貴族だったわよ」
「じゃあ、私の目が悪くなっていて……香蘭って本当は美女?」
 全員が声をそろえて答える。
「ううん、モグラにそっくりよ!」

 詩清がズイと身を乗り出し、訳知り顔で口を開く。
「こうなると結論はひとつしかないわね」
「どういう結論になるのよ?」
 みなが固唾をのんで詩清の言葉を待つ。
「……新しい陛下はとんでもなく変わった女の趣味なのよ。ほら、これでどの妃嬪にもお渡りがなかった謎も一挙に解けたわ」
「たしかに。なにひとつとして欠点のない、皇后の座にもっとも近いとされる翡翠妃さまですら待ちぼうけって話だものね」
「そう。翡翠妃さまは美しすぎたんだわ、モグラがお好みの陛下にとっては!」
 名探偵詩清の謎解きに、みなが「おぉ~」と感心したようにうなずく。

「ちょっと、みんな。香蘭に失礼が過ぎると思うわ」
 雪寧が注意をするが、当の本人の耳には周囲の声など聞こえていなかった。

(どうしましょう。まずいことになりました。私の肌に触れたが最後、殿方はみな正気を失ってしまうというのに!)
「焔幽が所望したのは本当に香蘭なのか?」とみなは疑っているが、香蘭自身はいっさい疑問に思ってはいない。むしろ、ついに来るべきときが来てしまったと頭を抱えていた。
(生まれ変わってようやく手に入れた穏やかな日々。手放してなるものですか!)