「貴蘭朱は七十年前に死んでます。幽鬼(ゆうき)では子を産めませんから諦めてください」
 幽鬼とはこの世に残ってしまった死人の魂のこと。焔幽は顔をしかめて夏飛をにらむ。
「言葉の裏を読み取れ。千年寵姫に匹敵する女が欲しいという意味だ」
「読んだうえで言っているんですよ! 彼女に匹敵する女を見つけるなど、幽鬼が子を産むより難しい」
「……なるほど。だが、欲しいものは欲しい」
 焔幽の瞳が、この男にしてはありえないほどの純粋さでキラキラと輝く。

 そう、焔幽は貴蘭朱の熱狂的なファンなのだ。彼女のことを調べたり、考えたり、想像しているときだけは焔幽の冷めきった心も熱くなる。
 彼女のどこが素晴らしいかといえば〝夫である伯階帝をいっさい愛していなかった〟点だ。相思相愛のおしどり夫婦だったと史書には記され、世間もそう信じているが……焔幽にはわかる。貴蘭朱の功績を丁寧に紐解いていけば、彼女がなにを考え、どんな判断をくだしたのかが見えてくる。彼女は夫を愛してなどいない、〝夫を愛し支える理想的な皇后〟の役目を完璧に果たしただけだ。
 自身の感情を殺し、仕事に徹することができる。なんと素晴らしい女人だろうか。万人の上に立つにふさわしい人間だ。
(俺を決して愛さない。だが、それを誰にも見破らせない。そういう女が欲しいんだ)
「現実を見てください、現実を。なにせ千年寵姫ですからね。あと九百三十年待たねばなりません」
 夏飛は厳しく主をいさめた。