「本人にはわざわざ話すなと釘を刺されているんですが、話題に出したのは陛下のほうだからしゃべってもいいかしら。この髪をやってくれたのも香蘭なんです」
「香蘭……とは先ほどの?」
「はい! 千華宮には来たばかりなんですけど、彼女は本当に頼りになるんですよ」
 雪寧は受けた教育を真面目に実践する素直な娘なので、女官への態度は公平・平等をモットーにしていた。その彼女が皇帝である自分の前でひとりの名をあげて褒めるとは……よほどお気に入りなのであろう。

 雪寧の宮を出たところに夏飛が控えていた。
「待たせたな、夏飛」
「いえ。雪寧さまに大事なく、なによりです」
 朱雀宮のほうへ足を向けようとしたそのとき、夏飛が「おや?」と声をあげる。彼の視線の先を追いかけてみると、ひとりの女が前庭の花の世話をしていた。

「さっき場をうまく指揮していた女官ですね」
「あぁ」
 大柄な身体を丸めて、ノソノソとなにかを運んだりしている様子を眺めて焔幽は言う。
「モグラみたいだな」
 ぶっと夏飛が噴き出す。
「陛下。女性になんて失礼なことを」
 自分だって笑ったくせに、夏飛が正義漢ぶったことを言っている。
「別にけなしたつもりはない」
(……香蘭か)
 焔幽は先ほど聞いた彼女の名を心のうちでつぶやく。彼が女官の名前を認識したのは、これが初めてのことだった。