「うふふ。この美しい簪に合わせて大人っぽい髪型にしてみたのです。翡翠妃さまのような!」
「ほぅ」
(翡翠妃。はて、どの女だ?)
 なんでもない顔で相づちを打ちはしたが、焔幽には翡翠妃が誰なのかさっぱりわからない。宝石の名を冠していることから、この千華宮に集められた自身の妃のひとりだということは理解できるのだが。

 宮持ちの、妃の位を与えられている女はたしか二十名ほど。その誰のもとへも、焔幽はまだ一度も通っていない。閨の管理を担当する宦官からはいさめられたり、泣きつかれたりしているが『即位直後でそれどころではない』と突っぱねていた。女の相手は面倒だから……というだけではない。
(誰に寵を与えるかは政治的にも大事な問題だ。慎重に吟味したい)

 史書を紐解いてみても、悪女の逸話ははいて捨てるほど記されているが……良妻、賢母と評された女は非常にまれだ。よき妻を得ることは万の大軍を味方につけるに匹敵するという教訓は、まさしく真理であろう。

「では、またな」
 踵を返そうとしたところで、ふと思いついて焔幽は言った。
「お前のその髪を整えた女官、大事にしろ。春麗や妃嬪たちに奪われぬようにな」
 これだけ凝った髪型を美しく整えられるのだから、さぞかし器用なのだろう。雪寧に似合うものをよく理解していてセンスもいい。有能な女官は奪い合いだ。
 雪寧は幾度か目を瞬き、それからクスリと笑った。