(今ではなくもっと早く! しっかりとこの国の行く末を見据えた策を立案・実行し、有能な官吏を育て、諸外国との外交に努めてくれていたら……)
「私の愛情が足りていなかったのだろうか。そなたが風邪を召したとき、ほかの妃の宮に渡ったりしたから」
(風邪のときくらい休ませてくださいまし。むしろもっと妃嬪を平等に、不平不満の出ないよう扱ってくれていれば)
 ようするに、蘭珠はこのあちこち至らない夫を陰日向に支え尽くしてきたことで心身ともに擦り減ってしまったのだ。

「失礼いたします、陛下。例のものがようやく届きました」
 そっと扉を開けて入室してきたのは、陛下の側近を務める宦官のひとりだ。透明にも碧にも紫にも見える、なんとも不可思議な水晶玉を彼は大切そうに抱えている。
「あぁ、やっと届いたか」
 恭しくそれを差し出す宦官に、皇帝は満足げな笑みを返した。
「あれは、まさか!」
「はるか西の大陸の秘宝とされる……」
 陛下の周囲にいた者たちが騒然となる。
「蘭珠。西大陸から取り寄せた宝物だ。この『千華宮(せんかぐう)』がもうひとつ建つほどの大金を払ったがそなたの命のためなら惜しくはない」

 千華宮は瑞国後宮の通称だ。その名のとおり、皇帝ただひとりのために千人の女を集め、自由を奪い閉じ込めている。広大な敷地に贅を凝らしたいくつもの宮が並んでいた。