「では堂々とそれを陛下に説明しましょう。逃げたりしたら犯人だと名乗っているも同然になります」
「だけど、相手はこの瑞国皇帝よ。陛下は白だと言えば、黒いものも赤いものも白になるんでしょう?」
 おびえた顔の詩清に香蘭はにっこりとほほ笑んだ。
「黒を白だとおっしゃるような陛下であれば、この国の守り神である朱雀が黙っていないでしょう」
「どういうこと?」
 香蘭の言葉の真意をつかみかねて、詩清は眉根を寄せる。香蘭はからりと笑う。
「そうですね。意訳しますと、クソ食らえってことですわ」

* * *

 雪寧の室の扉の向こう側。そこにふたりの男が立っていた。ひとりは皇帝の私的空間である朱雀宮づきの宦官、夏飛(かひ)。もうひとりは、瑞国の若き新皇帝、焔幽その人だ。
「……クソ食らえ」
 たった今、耳にした言葉を焔幽はオウム返しにつぶやく。常日頃、まるで仮面でもつけているかのように表情を変えぬ彼にしては珍しく、かすかに唇の端をあげた。もっとも笑顔と呼ぶような代物ではなく、皮肉げに顔をゆがめただけだったが。
「雪寧さまのところにあんな女官いましたっけ? おもしろいなぁ」
 夏飛の声はどこか楽しげに弾んでいる。彼は主の顔をのぞいて尋ねた。
「お怒りにならないんですか? 今の『クソ食らえ』は間違いなく陛下に向けられた言葉と思いますが」