詩清の言うとおりだ。彼が来たならここを通るはずだが、ふたりはそれらしき人物を見てはいない。香蘭ははてと小首をかしげた。

「陛下が裏窓からこっそり忍び込んだとか? 恋物語にはそういうシーンがたびたび出てきますよね」
「陛下がそういうことをするキャラだなんて聞いたことないわよ。そもそも雪寧さまとは兄妹なんだから恋物語にはならないでしょう?」
「禁断の恋とやらも定番ですよ。障壁が高ければ高いほど、恋は燃えあがるものです」
「だからモグラが恋を語っても滑稽だから、やめておきなさいって」
 くだらない応酬を続けながらも、ふたりとも宮の様子が気にかかっていた。どうも、にぎやかというより、大ピンチという様相を呈してきているからだ。

「見に行こうか」
 詩清の言葉でふたりは雪寧の室に向けて駆け出した。
「どうかしたの?」
 室に入るなり、詩清は親しい女官に声をかける。
「それがね、雪寧さまが……」
 急に腹痛を訴えて苦しんでいるのだという。奥の寝台、布団がこんもりしているがあのなかに彼女が丸まっているのだろう。「う~ん」とうめくような声がかすかに聞こえた。
「食事が悪くなっていたとか?」
「でも、毒見をした女官はピンピンしているわよ」
 雪寧は儚げな容姿をしているが身体は丈夫だ。みな原因がわからず困り果てているという状況のようだ。
「……春麗(しゅんれい)公主の嫌がらせでは?」