「彼女は千年寵姫のあだ名のとおり、千年に一度しか現れない逸材。彼女の没後、まだ七十年よ。女官からの皇后誕生には、あと九百三十年待たないといけないってことよ」
「はぁ、言われてみればたしかに」
「だいいちよ、だいいち! 私はただ朱雀の加護を受ける皇帝陛下とはどんな人物なのかと興味があるだけで、妃嬪になりたいとはこれっぽっちも思っていないわ」
「えぇ。そうなんですか?」
 詩清は大きくうなずく。
「当たり前じゃない。強い実家もなしに妃嬪になっても、悲惨な未来しか待っていないわよ。それより、公主に仕えていたという輝かしい箔をつけて身の程に合った男の妻になるほうがずっと幸せ」
 その顔を見るに、強がっているわけではなく本音のようだ。

「あなたもよ。馬鹿な夢を見たりせず、堅実に生きるのが身のためだと思うわ」
(やっぱり詩清さんは賢くて優しい人だわ)
 香蘭は彼女が好きだった。だから白状すると妃嬪を目指すなんて茨の道を進んでほしくはなかったのだ。それでも彼女が望むならと葛藤していたが、早とちりだとわかって安心した。
「はい、肝に銘じておきます」

 なにやら宮のなかが騒がしくなったのは、掃除を終えたふたりが箒を置きふぅと息を吐いたときだった。
 香蘭は雪寧の部屋のほうを振り返る。
「にぎやかですね。陛下がいらっしゃったのかしら?」
「でも、宮の入口はここよ」