絶えず押し寄せているはずの痛みや苦しみなどいっさい感じさせない、たおやかな笑みを彼女は浮かべた。
「なぜ病は蘭珠に取り憑いたのだ?」
「きっと、わたくしが幸せすぎたからですね。恐れ多くも天上の君からのご寵愛をいただき、臣下も民もわたくしを愛してくれた」
 その言葉はまことだった。生き馬の目を抜く、血みどろの争いが繰り広げられる後宮という場ではまずないことだが……この皇后はすべての妃嬪(ひひん)、女官、宦官(かんがん)たちから敬愛され、真の意味でこの場所の主だった。

「あぁ、皇后陛下。私どもの命を代わりに差しあげられたら」
「もっと評判のいい薬師はいないものか。どれだけ金を積んでもいいのだから」
 どうにか彼女を救おうとする声があちらこちらから聞こえてくる。この場への入室が許されない下級女官たちは、宮に向かって首を垂れすすり泣いている。宮中のみなの悲しみの心が雨雲を呼んだのだろうか。天も涙を流しはじめた。

「蘭珠、蘭珠っ」
 皇帝は目を真っ赤にして、愛する妻の身体にすがりつく。
 誰もが悲しみに暮れるなか、たったひとり、まだ三十歳の若さで死にゆこうとする蘭珠その人だけはいやに冷静だった。
 遠い目をして豪華絢爛な細工のほどこされた天井を見つめる。
(なぜ病に憑かれたかって、それはありえないほど多忙だったからでしょうねぇ)
「そなたの命を救うため、私になにができるだろう」