死んだ当人である香蘭しか知らない真実だ。妖術を使っていたのは、夫であり時の皇帝であった伯階。
(まこと愛憎は紙一重。あの人は私を殺したいほどに愛していたのですね。あぁ、私ってばなんて罪深いのでしょうか)
 彼の胸のうちの、本当のところはわからない。本気で誰にも渡したくないと思って愛する女の息の根を止めたのかもしれない、もしくは自分以上の名声を得る妻が疎ましくなったのか。
(ですが、愛とは厄介なもの。それだけはわかります)
 香蘭は焔幽と同じかそれ以上に、愛を厭うているのかもしれない。

「ということで、お前の宦官姿も見納めだ。そろそろ香蘭に戻れ」
「お待ちくださいませ」
 彼が本気で香蘭を皇后に据える気でいるのを悟り、香蘭は慌てて止める。
「もっともふさわしいのはたしかに私ですが、なるとは言っておりません」
 焔幽は真摯な表情で香蘭をまっすぐに見る。
「知性、教養、人柄。すべての面でお前がふさわしいと政治的な判断をくだした」
「美貌。美貌をお忘れですよ、陛下」
 香蘭のツッコミを焔幽は苦笑で受け止める。
「だが、それだけじゃない。俺がただお前にそばにいてほしいのだ。胡香蘭が隣にいる日々はさぞかし幸せだろう。そう思った」
 柔らかな声が香蘭の胸に染み入る。
 皇帝とは思えぬほど朴訥でまっすぐな愛を伝えられ、たじろいでしまった。策略を巡らすのが得意な人間は存外、真っ向勝負には弱いもの。

 ついついほだされそうになるが、ハッと我に返りブンブンと首を横に振った。
「いいえ、皇后にだけはなりません。――寵愛はもう、こりごりですので」

                                                     END