皇后の座にもっとも近いとされる彼女は、欠点のない完璧な女性だった。クールビューティーという形容がよく似合う知的で涼やかな美貌。手足はほっそりとしなやかなのに胸元はボリューミーで、宦官でさえ欲情を覚える肉体と評されている。

(まぁ、宦官に男の欲がないというのは建前ですけどね)
 ナニはなくとも欲は残るものらしい。宦官の色恋沙汰というのは歴史上にもさまざまな逸話が残っている。妃嬪との純愛、悲恋、変わり種では宦官同士の痴情のもつれから殺人に発展したようなものまで……。蘭珠の時代にもそういう話はいくらでもあった。
 後宮の女はみな皇帝のもの。これもまた建前であって、お手つきの女でなければ宦官との逢瀬くらいは見逃してやるという寛大な皇帝も案外いる。
(あの人も、気に入った臣下には気前よく妃嬪を下賜(かし)していましたねぇ)
 香蘭は前世の夫を懐かしく思い出した。

 雪寧の前には大きな鏡が置かれており、そこに彼女と彼女の美しい髪を梳く香蘭の姿が映っている。
「あんなふうにできる? 私の髪では長さが少し足りないかしら」
 鏡のなかの香蘭に、雪寧は話しかける。
「そうですね。長さというより」
 多くの女性が勘違いしていることだが、この世には素敵な髪型、素敵な衣装などというものは存在しない。似合う髪型、似合う衣装があるだけなのだ。万人にとって素晴らしいものなどありえない。