焔幽の声はこれ以上ないほどに楽しげだ。
 香蘭は弱りきった様子で額に手を当てる。そのままがくりとうなだれた。
「――私、しかおりませんね。考えるまでもなく、最初からわかっていたことです」
 香蘭の出した答えに焔幽はククッと肩を揺らす。
「ですが、ひとつ訂正を。瑞国中ではありませんよ。世界中です。なんならあの世まで捜索範囲を広げても、この私より皇后にふさわしい女人はいないでしょう」
「あの世には、貴蘭朱がいるぞ」
「あの程度の女はライバルにもなりませんよ」

 蘭朱はちょっと美しすぎて面倒も多かった。それに香蘭の身体のほうが丈夫でよい。世の仕事の大半は体力勝負、皇后とて例外ではない。
 香蘭はふと焔幽の顔を見た。
(なによりこの人は、伯階帝よりははるかにマシな夫になるでしょうし)
 蘭朱の夫は、伯階は困った人物だった。焔幽は間違いなく彼より優れた皇帝になることだろう。

「では決まりだな。三貴人はお前が決めろ。俺の妻ではなく皇后の臣下という視点で選べばよい」
 この話は終わったとばかり彼は話題を変えた。
「そういえば、お前はなぜあんなに妖術に詳しかったのだ? 他国の生まれでもないのにと、夏飛がまた気味悪がっていたぞ」
「あぁ。妖術には痛い目を見たことがありまして」
 香蘭は遠い目をする。
「ほぅ、実際に見たことがあったのか」
「えぇ、まぁ」
 見たというより体感した。
(貴蘭朱は病死ではなく、妖術に殺されたのですわ)