終章


 あのあとしばらく伏せっていた雪寧が起きあがれるようになったと聞いたので、香蘭は雪紗宮を訪ねた。あいかわらずの宦官姿だ。
(なにやらもう、この格好で一生を過ごしてもいい気がしてきましたね)
「お元気になられたとのことで安心しました、雪寧さま」
 香蘭がそう声をかけるやいなや、雪寧は額を床にこすりつけるようにして頭をさげた。
「ごめんなさい! 私……」

 あの妖術は厄介なもので、操られていたときの記憶はぼんやりと残る。完全な別人になるわけではなく、その人物の負の感情だけを増幅させて、思考や性格をがらりと変えてしまうと説明するのが適切だろうか。
(あぁ、酔っ払いが近いですね!)
 心のなかで香蘭はポンと膝を打つ。本来の自分が抑えつけられ、常ではありえない言動をとってしまうが本来の自分が消えているわけではないので記憶は残る。そして翌朝、羞恥に悶える。あの現象とよく似ている。
「どうか気に病まないでください。あれは呪いです。腕輪にこめられた妖術の力がしたことで、雪寧さまのせいではありませんよ」
 雪寧はおそるおそる顔をあげた。心配になるほど青白い。絞り出す声はか細く震えていた。