「あの知識と教養はどこで磨いたのかしら」
「雪寧さまご本人には言えないけれど、香蘭はこの宮にはもったいない気がしちゃうわ」
「そうね。翡翠妃さまにお仕えすることもできるかも」

「雪寧さま。香蘭でございますよ」
 彼女の室の扉を開けて、香蘭は顔をのぞかせる。
「あぁ、香蘭! 髪をお願いできるかしら」
 おろしたままの柔らかな栗色の髪をなびかせて、彼女がこちらを振り向く。くりくりと大きな目、桃のような頬、ツンととがった小さな唇。公主雪寧は、誰もが思わず笑顔になってしまうような愛らしい姫だった。年は十四。近頃、ようやく女らしさに目覚めた様子で髪や衣にやけにこだわっている。ほほ笑ましい光景だ。
「もちろんでございます。どのように?」
「えっとね、翡翠妃さまのようにしたいの。大人っぽくて綺麗でしょう」
 キラキラした瞳からは翡翠妃への純粋な憧れがあふれていて、香蘭の心を温かくしてくれる。

(どうか、雪寧さまの美しい心がこのまま変わることのありませんように)
 香蘭は願った。
 羨望が恨みに変わる瞬間、清らかな瞳も嫉妬の炎に焼かれれば醜くにごる。死人のような虚無の瞳――。
 かつて幾度も見てきたからこそ、願わずにはいられなかった。
「翡翠妃さまの高く結いあげる髪型、私もあんなふうにしたいわ」
「承知しました」
 翡翠妃――陽明琳(めいりん)の立ち姿を香蘭は思い浮かべる。