彼をあの幽鬼に会わせるのは拷問に等しいし、大切にしている妹が真犯人だったなどという事実ももう少しマイルドな形で伝えてやりたかった。
 そもそも、幽鬼騒動が起きた場所がターゲットであるはずの香蘭がいた朱雀宮ではなく、琥珀宮だったのは……わずかに残っていた雪寧の心が、愛する焔幽を危機から遠ざけようとしたためだろう。その思いも汲んでやりたかった。
 そんな香蘭の女神のごとき崇高な心遣いを彼が台無しにしたのだ。

「いやぁ、『なにを企んでいるのだ?』とものすごく疑われまして。『香蘭になにかあったら殺す』とか物騒な脅しもかけられましたし」
「そんなのシレッと嘘をついて、かわしておけばいいじゃないですか」
 香蘭には、シレッと嘘をつくのが苦手な人間も存在するということは理解できない。もっとも夏飛は得意なほうの人間ではあるが。
「無理ですよ~。そもそも僕は陛下より香蘭さんより、自分が一番かわいい人間ですからね」
 我が身が惜しいと、彼はけろりと言い放つ。
「陛下。こんな方を側近としてそばに置いて大丈夫でしょうか。お考え直されたほうがよろしいのでは?」
 頬を膨らませる香蘭に焔幽はふっと頬を緩めた。
「夏飛はこれでよい。一番は自分自身。二番には……俺の身ではなく、俺の意思を大事にしてくれる」
 それから、焔幽は険しい顔を香蘭に向ける。
「俺は夏飛よりお前に説教したい」