雪寧は迫る夏飛の手から逃れ、焔幽のもとに走った。
「焔幽お兄さま!」
 彼女が彼をそう呼ぶのを香蘭は初めて聞いた。
 節寧の華奢な身体は焔幽の胸のなかにすっぽりとおさまる。切なげに潤む瞳で彼女はしっとりと焔幽を見つめる。
 妖術に操られてはいるが、香蘭にはこの表情は雪寧の素に思えた。

「私は……お兄さまが好きです。お兄さまも私を愛してくれていた。姉妹のなかでも私は特別だったでしょう?」
 決して離すまいとでも言うように、彼女は焔幽の衣をキュッと握った。
 香蘭は思い出していた。焔幽と雪寧、この兄妹がほほ笑み合う姿に強い違和感を覚えたことを。焔幽のほうはたしかに兄妹愛だった。むしろ彼は妹だからこそ、愛することができていたのだ。
(けれど雪寧さまのほうは、女として彼を求めていたのですね)
 血のつながった兄への許されぬ思い。若く純粋な彼女の初恋としてはあまりに残酷だ。

「叶わない……それならばいっそ……」
 そのとき、雪寧の瞳が鈍く、妖しく輝いた。彼女の手がまるで舞うようにひらりと動く。