ダメージを受けたのは幽鬼だけではない、彼女もだ。

「……どうして……兄さま……」
 月明かりの薄闇に、か細い声が響いた。香蘭は即座に叫んだ。
「夏飛さん! 今です、出番です!」
 香蘭とて命は惜しい。夏飛に助っ人は頼んであったのだ。幽鬼を操る真犯人が現れたら、とらえるようにと指示をしたうえで。
 香蘭はおとりだ、幽鬼と真犯人の意識を引きつけるための。

「了解!」
 低木の茂みから夏飛と数名の宦官が飛び出てきて、声の主を取り囲む。
「……雪寧」
 焔幽のかすれた声が真犯人の名を呼ぶ。
 昼間、彼女に会ったときに香蘭は見た。彼女の手首に巻かれているそれが〝本物〟であるのを。雪寧のそれはガラス玉でなく、半貴石。艶やかな黒玉(こくぎょく)だった。
 妖術を使っているのは彼女だと確信した。だから、香蘭は堂々と優雅に大嘘をついたのだ。
 焔幽は自分を放してくれない。その言葉とともに、勝ち誇ったような、見た者を絶妙にイラ立たせる笑顔を雪寧に贈った。雪寧を焦らせるためだ。行動を起こしてもらって、実行犯としてとらえるのが一番話が早い。