香蘭が女官に質問しようとしたところで「こら~!」という怒声が届いた。声のほうを振り向くと、彼女の先輩女官らしき人物が腰に手を当て仁王立ちしている。
「蘭楊さまをひとり占めしておしゃべりだなんて、ずいぶんと余裕ねぇ。月麗さまに言いつけてやろうかしら?」
「そ、それだけは勘弁してください~」
「なら、さっさとこっちを手伝ってよ!」
「は、はい!」
 ピシッと背筋を伸ばして彼女は答えた。
「すみません、蘭楊さま。私はこれで――」
 一刻も早く先輩のもとに向かいたい彼女の気持ちは痛いほどにわかったが、香蘭は彼女の腕を取って引き止めた。
「すみません、ひとつだけ! この腕輪はどこで手に入れたんでしょうか?」
「あぁ、明琳さまからのプレセントです。先日、琥珀宮にいらっしゃったときに女官たちへの土産だとおっしゃって。私もそのうちのひとつをいただきました」
 早口で答えると、彼女はにらみをきかせている先輩のもとへ全力で駆けていった。

 残された香蘭は小さくつぶやく。
「明琳さま……」
(陛下に本気で恋をしているらしい明琳さま。そして、陛下に執着する幽鬼)
 なにか見えてきそうで、でもまだ見えない。香蘭は「う~ん」とうなり声をあげてしまった。