焔幽の身体はふわりと温かいものに包まれた。香蘭に抱き締められているのだ。
「女とは思えぬ逞しい背中だな」
 憎まれ口を叩きながらも、どうしてか泣きたくなった。かすかに震える手で焔幽は彼女の背に触れる。信じられないほど温かい。
(やっとわかったような気がする。人はこのぬくもりを愛と呼ぶのだな)

 香蘭は力強く宣言した。
「大丈夫です。あなたのことは私が全力で守って差しあげますから」
 肩透かしを食らった気分で焔幽は苦笑いをする。
「その台詞は今、俺が言おうとしていた。奪うな」
「早いもの勝ちですよ」
 香蘭の笑顔は鮮やかで、神々しいほどに美しかった。認めるしかない、彼女はたしかに絶世の美女なのだ。たとえ宦官の格好をしていても、どんなにモグラに似ていても。
(千年寵姫、貴蘭朱も案外と外見が美女だったわけではないのかもな)
 蘭朱が聞いたら怒り狂いそうなことを焔幽はぼんやりと思った。そうして、ひとつの決意を固めた。

「香蘭。幽鬼騒動が落ち着いたら、お前に大事な話が――」
 彼女の人さし指が焔幽の唇を柔らかく押して、言葉を止める。
「おやめください、陛下。それは死亡フラグってやつですよ」
 ふわりと蠱惑的に彼女は笑った。

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