「そうか。香蘭、お前もすぐにこの室を出よ。そしてしばらく俺には近づくな。夏飛にもそう伝えてくれ」
 焔幽は香蘭の目を見て、はっきりと告げた。彼女は焔幽に負けない強い眼差しを返してくる。
「二度と口にするまいと思っていたのですが……」
 苦しそうに逡巡してから、彼女は言う。

「幽鬼の正体は陛下を虐待していた琵加という女、ですね」
 情けない話だが、その名を聞くだけでもいまだに身の毛がよだつ心地がする。
「あぁ。彼女はかすかに異国の血を引いているとかで赤茶っぽい、不思議な瞳の色をしていた。夜になるととくに赤さが際立つんだ。まるで、紅玉のように」
 赤い瞳はおそらく幽鬼だからではない、生前の彼女の姿をそのまま残しているだけだ。緩く波打つ長い髪も彼女の特徴のひとつだった。
 あの女から与えられたものを愛とは呼ぶな。香蘭はそう言った。なので焔幽はやや言葉に迷った。
「彼女は異常なまでに俺に……執着していた。幽鬼になったところで、それが変わるとは思えない。あの女が最後に狙うのは俺だろう」
 宦官たちは自分の代わりに犠牲になったのかもしれないと思うと申し訳ない気持ちになる。これ以上、被害者は増やしたくない。
(とくに香蘭。お前だけは――)
 祈るような思いだった。自分がこんなにもなにかを大切に思えるとは、初めて知った。
 彼女はなにか思案するようにじっとこちらを見つめている。それから、ふいに両手を伸ばして焔幽の肩に置いた。
「なんだ?」
「今はきっと、こうすべきときですね」