七 彼を巡る愛憎


 悪夢を見ていた。暗く寒い場所に、あの女とふたりきり。
 愛されているのではなく虐げられている。頭の片隅では冷静に理解しながらも、必死に否定するしかなかった。認めてしまったら気がおかしくなるから。自分は目の前の女に愛されている、そう思い込むことでどうにか日々を生きながらえた。
 今日も女の白い手が、ゾッとするほどにしなやかで美しい指が、伸びてくる。

 ――う、うわあぁぁ。
 ありったけの力で叫んだつもりだったが、声にはなっていない。焔幽は口をパクパクさせて、焦点の定まらぬ瞳で白い天井を見た。
「陛下」
 聞こえてきた声に一瞬ビクリとしたが、すぐにあの女ではないと悟る。視界にニュッと入り込んできた人物を認めて焔幽は安堵のため息をこぼした。
 モグラによく似たその顔は焔幽に恐怖を与えない。彼女との時間はいつも明るく心地がよかった。
「香蘭か」
 喉が渇いているせいか、声がひどくかすれている。
「よかった、お気づきになられたのですね」
 いつも余裕綽々な彼女もさすがに焦ったのだろう。全身から脱力するようにほぅと息を吐いた。
「なにか欲しいものは?」
「あぁ、水を」
 落ち着いて周囲を確認すれば、そこは見慣れた自分の室だった。
「お待ちくださいませ」
 水差しから彼女がトクトクと水を注ぐ。香蘭に背中を支えてもらいながら焔幽は上半身を起こし、水を飲み干した。冷たさが身体に染み渡ると同時に、すうっと悪夢が遠ざかっていった。
「すまない、迷惑をかけたようだな」
 四人目の被害者の話を聞き、自分はそのまま倒れたのだろう。焔幽はようやく状況を察した。
「夏飛は?」
 自分をここまで運んでくれたのであろう彼がいない。
「陛下がお倒れになったことを表にお伝えに」
 表とは政の場である宮中のこと、裏は陛下が私的な時間を過ごす後宮のことだ。