その夜、香蘭は護衛としての役目を果たすべく琥珀宮の見回りに出たのだが幽鬼ではなく夏飛に出くわした。
「陛下の命で、あなたの護衛をしろとのことです」
「護衛に護衛がつく意味とはいったい?」
「まったく同感です。そもそも僕はどちらかといえば頭脳派で、肉体労働ならおそらくあなたのほうが……」
 ブツブツと文句を言いながらも夏飛は香蘭について回る。
「まぁ、宦官姿がお似合いすぎてすっかり忘れてましたが、あなたは一応女性ですしね」
「狙われているのは本物の宦官ばかりなので、理屈上は夏飛さんのほうが危険かもしれないですよ。私より体術が下手くそですし」
「生きた人間が誰も気づかないんですから、幽鬼ごときがあなたを女性と見破る確率はゼロでしょう」
 無礼者同士、くだらない応酬を繰り広げながら見回りをしたが、幽鬼にも逢引きの現場にも出くわすことはなかった。

 翌朝。見回りで寝つくのが遅かったにもかかわらず、香蘭は早起きして仕事に精を出した。宦官の退職が続いた琥珀宮では仕事が山積み状態だからだ。 
(それに午後からは陛下と一緒に、幽鬼に性別についての調査に出かけますから。それまでに仕事を終えておかないと)
 あちこちに出向き、昼前に琥珀宮の門前に戻るとなにやら宮が賑やかだった。
「お客さま?」
 香蘭は近くにいた女官をつかまえて聞いた。
「はい。翡翠妃、明琳さまがいらしてまして」