たしかに、そうすれば黄詠が被害にあうことはなかったかもしれない。けれど、代わりに寿安と同僚が襲われていた可能性だってある。
「いいえ。あなたが責任を感じる必要はこれっぽっちもありませんよ」
 真面目な彼女の後悔を少しでも減らそうと香蘭はきっぱりと主張する。
「蘭楊さま」
 彼女の頬がほんのりと染まる。

「話を聞かせてくださって、どうもありがとうございます」
 もう十分だろうと会話を切りあげようとしたとき、香蘭の頭にひとつひらめくものがあった。逢引きの話題は決して無駄ではなく、彼女は重要な情報を与えてくれていたのだ。
『恋人を待っていただけの女官を幽鬼と見間違えた』
 寿安はそう言った。
 香蘭はガシッと彼女の肩をつかむ。ふいに顔を近づけられたせいか、初心な彼女の頬はますます赤くなった。いつもの香蘭ならば「あぁ、また無垢な女性をひとり虜にしてしまったわ」などと考えて悦に入るところだが、今はそんな余裕もない。

「さっき、女官を幽鬼と見間違えたと、そう言いましたよね」
 香蘭の剣幕に押されるように彼女はうなずく。
「は、はい」
「どうして女官と思ったんでしょうか。柳の下で逢引き相手を待っていたのは宦官のほうという可能性は考えなかったのですか?」
 香蘭がなにを聞きたいのか、彼女も理解したのだろう。はっきりと言葉をつむぐ。