香蘭が誠実に頭をさげると、彼女は真剣な顔でうなずいた。
「わりと遅い時間だったと思います。あの日は客人が多くて、仕事が遅れがちだったんです」
 ようやっとすべてを片づけて、寿安は同僚と一緒に使っているこの部屋に向かっていた。庭に面する廊下を歩いているときに、ふと違和感を覚えて外を見たそうだ。
「なんだか、庭がいつもより明るいなと思って。で、夜空を仰いだら星がすごく綺麗だったので、あぁ星明かりのせいかと納得して」
 しばらく美しい星空を眺めて、それからまた進行方向に視線を戻そうとした。
「でもそのとき、星明かりのせいじゃないと気づいたんです」
 その夜を思い出したのか、彼女は小さく身震いする。
「琥珀宮の庭には大きな柳があるのですが、その下がぼんやりと薄明るかったんです。怖くて見たくないのに目が離せなくて、じっと見つめていたらその光が人の形をしていることがわかりました」
「幽鬼だった?」
「はい、絶対にこの世ならざる者だと思いました」
 だって足がなかったんですよ……と彼女はおびえた声で言う。

「見てしまったあと、あなたはどうしたの?」
「怖くて怖くて、一目散に室に戻りました。それで同室の子を叩き起こして、話をしたけれどちっとも信じてもらえなくて」
 寿安はクスリとかわいらしく笑う。