そして彼女の話はたいてい、ライバルである翡翠妃、陽明琳に帰結するのだ。
(明琳さまの宮に勤めると、彼女に心酔してしまう者が多いと聞きますねぇ)
 女官にしろ宦官にしろ、ただの一役人に過ぎない。金のため、生きるためにこの仕事をしているだけ。命を懸けてでも!という献身を引き出せるかは主次第といえる。
 明琳にはその魅力が備わっているのだろう。

「そもそも、あの女はね!」
 幽鬼事件の話を聞きたいところなのだが、月麗の口は一度も塞がらず延々と明琳について語り続ける。
(本当に愛憎は表裏一体。彼女のこれ、もはや恋に近いのではないでしょうか)
 香蘭は苦笑を漏らす。が、陽明琳と甘月麗のライバル関係はなかなかにおもしろく、千華宮の華であることは確かだ。 
 月麗が満足するのを待ってから、香蘭は本題を切り出した。
「それで、ひとり目の被害者のときに幽鬼を見たという女官はどなたですか?」

 月麗の案内で香蘭は彼女の室を訪ねた。同室の者は気を遣って席を外してくれたようで、待っていたのは本人のみ。小柄でおとなしそうな娘だ。
「月麗さまに仕える寿安(じゅあん)と申します」
 つぶらな瞳に小さな唇。美女ではないが感じがよく、月麗の女官らしく衣や髪飾りは洗練されている。
「もう何度も話して飽き飽きだとは思いますが、もう一度あの日のことを聞いてもいいでしょうか?」