冷えきっているであろう彼の手を握ることも、いつもより小さく見える身体を抱き締めることも、香蘭はしなかった。そんな安っぽい愛で彼の傷が癒えることはないからだ。
彼にとって、女の愛は自分を痛めつけるムチなのだ。
(厭うなどという生優しい感情ではないですね。目を背けたくなるほどの恐怖……)
「転機は長兄の死だった。俺にとっては雲の上のような存在で言葉を交わしたことすらなかったが、国中の期待を一身に背負う優秀な世継ぎだったそうだ」
彼が次の王。みながそう信じていて、当時の瑞国には世継ぎ争いなどありえない話だった。
「ところが、彼の死で状況は一変した。兄はほかにも大勢いたが、これといって有力な者はおらず、いくつもの派閥に分かれ宮中は混乱した」
その事態を誰もが憂い嘆いたが、ただひとり焔幽だけは神に感謝した。
「かつぎあげる神輿として俺の名を思い出す者もいてな。地獄から抜け出す、ただ一度きりのチャンスだと思った。どんな手を使ってでも皇帝になると決意し、成し遂げた」
そこで焔幽の味方になってくれたのが、現在の臣下や夏飛たちだったようだ。
「……琵加という女は?」
絞り出すように香蘭は声を発した。自ら聞いておいて、答えを聞くのが空恐ろしかった。
「死んだよ。力を得た俺に拒絶されて……自死した」
やはり聞かなければよかった。
「鬼は、最期まで鬼だったのですね」
彼にとって、女の愛は自分を痛めつけるムチなのだ。
(厭うなどという生優しい感情ではないですね。目を背けたくなるほどの恐怖……)
「転機は長兄の死だった。俺にとっては雲の上のような存在で言葉を交わしたことすらなかったが、国中の期待を一身に背負う優秀な世継ぎだったそうだ」
彼が次の王。みながそう信じていて、当時の瑞国には世継ぎ争いなどありえない話だった。
「ところが、彼の死で状況は一変した。兄はほかにも大勢いたが、これといって有力な者はおらず、いくつもの派閥に分かれ宮中は混乱した」
その事態を誰もが憂い嘆いたが、ただひとり焔幽だけは神に感謝した。
「かつぎあげる神輿として俺の名を思い出す者もいてな。地獄から抜け出す、ただ一度きりのチャンスだと思った。どんな手を使ってでも皇帝になると決意し、成し遂げた」
そこで焔幽の味方になってくれたのが、現在の臣下や夏飛たちだったようだ。
「……琵加という女は?」
絞り出すように香蘭は声を発した。自ら聞いておいて、答えを聞くのが空恐ろしかった。
「死んだよ。力を得た俺に拒絶されて……自死した」
やはり聞かなければよかった。
「鬼は、最期まで鬼だったのですね」