「琵加は俺を溺愛した。重く、息苦しいほどに。かと思えば次の瞬間には、美しく整えられた爪で俺の皮膚を裂いた」
彼女にとって、焔幽は愛する男の息子。と同時に……憎らしい女の産んだ子でもあった。
「琵加は穏やかな笑みの裏で、ずっと母を妬んでいたんだろうな。わからぬではない」
愛されない女同士。そのことがふたりの絆を深めていたのだとしたら、焔幽の母に皇帝のお渡りがあった時点でふたりの関係は壊れたのだろう。たとえ一度きりのことでも、二度と友人には戻れない。
「鬼の形相で殴りつけ罵倒する。その後すぐに、女神のごとき慈愛で俺を抱き締める。朝と夜で、昨日と今日で、別人のようになる。琵加という女がわからなくて、ただひたすら恐ろしかった」
彼女は彼女で壊れていたのかもしれない。後宮という場所は女たちを狂わせる。
『愛しているわ』
『あなたなんかを愛してあげるのは世界中で私だけ』
『私だけを見て、私の言葉だけを聞いていなさい』
彼女はそう唱え続けた。
「俺は世継ぎの候補にすらあがっていなかったから、誰も俺に感心など寄せることはなく……世界は彼女とふたりきりだった。まぁたしかに、俺を愛してくれたのは琵加だけだった」
閉ざされた世界のなか、おぞましい愛に溺れ、静かに息絶えていく少年の姿が目に浮かぶようで香蘭の背筋は凍った。
気がついたら叫んでいた。
「違う! 支配は……愛ではない。それを愛と呼んではいけません」
ほの暗いものを抱えている男だとは初めから思っていた。だが、彼の闇は想像していたより真っ黒で底が見えない。
彼は香蘭にほほ笑みかける。その笑みは悲しく、ゾッとするほどに美しい。
「当時の俺にそれを教えてくれる者はいなかった。あの女の愛にすがる以外に生きる術がなかった」
彼女にとって、焔幽は愛する男の息子。と同時に……憎らしい女の産んだ子でもあった。
「琵加は穏やかな笑みの裏で、ずっと母を妬んでいたんだろうな。わからぬではない」
愛されない女同士。そのことがふたりの絆を深めていたのだとしたら、焔幽の母に皇帝のお渡りがあった時点でふたりの関係は壊れたのだろう。たとえ一度きりのことでも、二度と友人には戻れない。
「鬼の形相で殴りつけ罵倒する。その後すぐに、女神のごとき慈愛で俺を抱き締める。朝と夜で、昨日と今日で、別人のようになる。琵加という女がわからなくて、ただひたすら恐ろしかった」
彼女は彼女で壊れていたのかもしれない。後宮という場所は女たちを狂わせる。
『愛しているわ』
『あなたなんかを愛してあげるのは世界中で私だけ』
『私だけを見て、私の言葉だけを聞いていなさい』
彼女はそう唱え続けた。
「俺は世継ぎの候補にすらあがっていなかったから、誰も俺に感心など寄せることはなく……世界は彼女とふたりきりだった。まぁたしかに、俺を愛してくれたのは琵加だけだった」
閉ざされた世界のなか、おぞましい愛に溺れ、静かに息絶えていく少年の姿が目に浮かぶようで香蘭の背筋は凍った。
気がついたら叫んでいた。
「違う! 支配は……愛ではない。それを愛と呼んではいけません」
ほの暗いものを抱えている男だとは初めから思っていた。だが、彼の闇は想像していたより真っ黒で底が見えない。
彼は香蘭にほほ笑みかける。その笑みは悲しく、ゾッとするほどに美しい。
「当時の俺にそれを教えてくれる者はいなかった。あの女の愛にすがる以外に生きる術がなかった」