心のなかではがっくりと膝をつく。が、実際にそれをするのは香蘭のプライドが許さない。彼女の精神年齢は蘭朱の三十歳プラス香蘭の十八歳で四十八歳だ。二十年やそこらしか生きていない青年に翻弄されたなど、とても認められない。
 ツンと斜め上を向き、言った。
「いつも申しあげておりますでしょう。私に惚れるのは仕方のないことですが、陛下自身のためにならないと。手の届かぬ女神である私のことは諦め、現実の女性に目をお向けになってください」
 余裕の表情をしている焔幽とは対照的に香蘭はいやに早口になる。
「桃花さまか柳花さまのところにでも行かれてみてはどうでしょう? 月見の宴のあとのおふたりの仲も気になるところですし」
 もっともふたりが変わらずに仲良しであることは調査済みではあるが。

 焔幽はツカツカと近づいてきて、香蘭の目の前で止まる。長い指がクイと香蘭の顎を持ちあげた。
「らしくないぞ、香蘭。お前は俺の感情にも行動にもいっさい興味がなかったじゃないか。そんなものは任務外、と考えていたはずだろう?」
 女の秘密は暴くな。そう忠告したのに、彼は香蘭の内側にズカズカと踏み込んでくる気のようだ。
「ほかの女をすすめてくるのは、俺がお前に本気になるのが怖いから。違うか?」
(この人に愛されるのが怖い? そんなことは……)
 焔幽が想定外の速度と強さで攻めてくるので、香蘭の防御は一歩遅れる。無防備な顔をさらしてしまった。
 焔幽の瞳が甘く弧を描く。
「ははっ。初めて、お前をかわいいと思ったぞ」
 そこで、ふと気がついたように焔幽は言い直す。