彼女は公主、つまり焔幽の妹のひとりだ。訪ねる先が妃嬪ではなかったことで香蘭の声ががっかりと気落ちしたものなる。
 それを察したのか、数歩先を歩く彼がぴたりと止まりこちらを振り返った。
「香蘭。近頃、お前は変わったな。自覚はあるか?」
 意味ありげな瞳で彼がニヤリした。
「なにが言いたいのです?」
 なぜだか分の悪さを感じ、香蘭は半歩、後ずさる。
「俺はお前に興味がある。無粋だろうがなんだろうが、この手で隅々まで暴いてやりたいと思うほどに」
 そこで彼はクスッと自嘲するように笑う。
「焦がれていると言い換えてもいいかもな」
「理論が飛躍しすぎかと思いますが」
 言いながら、香蘭は据わりの悪さを感じた。どうにも落ち着かない。
(台詞がいつもと逆ですね……)

 私に焦がれているんですね、この類の台詞は香蘭が発するべきなのだ。焔幽自身に認められてしまっては、どう返していいのかわからなくなってしまう。
 脚本にないアドリブを加えられている気分だ。舞台上で勝手な振る舞いを始めた焔幽を恨みがましい気持ちで見あげる。
 だが、彼は香蘭がそういう顔をするのも楽しくてたまらない様子だ。
「ほら。以前なら『まぁ、やっと自覚されたのですね』とでほほ笑んでいたところだろう」
 香蘭はグッと言葉に詰まる。
(たしかに。そう返すべきでしたわ)